大阪地方裁判所 平成7年(ワ)13018号 判決 2000年1月27日
原告
丸山久雄
被告
日原幸江
ほか一名
主文
一 被告日原幸江は、原告に対し、金一〇〇一万九〇八〇円及び内金九一一万九〇八〇円に対する平成五年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告東京海上火災保険株式会社は、原告と被告日原幸江間の本判決が確定したときは、原告に対し、金一〇〇一万九〇八〇円及び内金九一一万九〇八〇円に対する平成五年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
五 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自金一億〇六五二万一一九七円及び内金九七五二万一一九七円に対する平成五年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告日原幸江(以下「被告日原」という。)保有・訴外上田実(以下「訴外上田」という。)運転の普通乗用自動車が横断歩道を歩行中の原告に衝突して原告が負傷した事故につき、原告が、被告日原に対しては、自賠法三条に基づき、損害賠償を請求し、被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告保険会社」という。)に対しては、被告日原と被告保険会社間の自家用自動車総合保険契約に基づき、損害賠償額の直接請求をした事案である。
一 争いのない事実
1 事故の発生
左記事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
記
日時 平成五年一一月二九日午前七時四〇分頃
場所 大阪府寝屋川市清水町二六番一〇号先路上(以下「本件事故現場」という。)
加害車両 普通乗用自動車(大阪五〇と二四六一)(以下「被告車両」という。)
右運転者 訴外上田
右保有者 被告日原
被害者 歩行中の原告
事故態様 訴外上田が、被告車両を運転し、本件事故現場に向かって南進して交差点に入り、これを右折しようとした際、右方の安全確認を怠ったまま漫然と右折進行したため、折から、同交差点の西側の横断歩道を歩行者用信号に従い北から南に横断しようとして歩行中であった原告に被告車両を衝突させた。
2 被告日原の責任原因
被告日原は、本件事故当時、被告車両を保有し、これを自己のために運行の用に供していたものである。
3 被告日原・被告保険会社間の保険契約
被告日原は、被告保険会社との間で、被告車両につき、本件事故日を保険期間内に含む自家用自動車総合保険契約を締結していた。
4 後遺障害等級認定
原告に残存した後遺障害につき、被告保険会社を通じて事前認定手続を行ったところ、一四級一〇号に該当するとの認定を受けた。
5 損害の填補
原告は、本件事故による損害に関し、一二〇九万二〇一二円の填補を受けた。
二 争点
1 原告の損害額
(原告の主張)
原告は、本件事故により、頭部外傷Ⅱ型、右脛骨骨折、左肩鎖関節損傷、前頭部・右大腿・左手部打撲、右変形性膝関節症、網膜色素変性症、近視性乱視の傷害を負い、次の各損害を被った。
(一) 入院雑費 五万円
(二) 入院付添費 二五万円
(三) 通院付添費 三一万五〇〇〇円
(四) 休業損害 一七四九万三〇〇〇円
基礎収入(月額) 一一六万六二〇〇円
休業期間 一五か月
(五) 逸失利益 一億六九〇一万〇三六八円
基礎収入(年額) 一三九九万四四〇〇円
労働能力喪失率 一〇〇パーセント
原告は、従前より進行性網膜色素変性症の眼疾があったが、多少の視力は有しており、針灸・マッサージ業を営んでいた。ところが、本件事故のため、網膜と視神経の機能に損傷が加えられ、文字通りの全盲となってしまった外、左肩鎖関節損傷により、左手握力低下・左肩運動時痛が生じ、針灸・マッサージの仕事を行うことができなくなった。
労働能力喪失期間 一七年間(新ホフマン係数一二・〇七七)
(計算式) 13,994,400×1×12.077=169,010,368(一円未満切捨て)
(六) 傷害慰謝料 二〇〇万円
(七) 後遺障害慰謝料 一〇〇〇万円
(八) 弁護士費用 九〇〇万円
よって、原告は、被告らに対し、右損害金合計額二億〇八一一万八三六八円の内金一億〇六五二万一一九七円及び内金九七五二万一一九七円(一億〇六五二万一一九七円から弁護士費用九〇〇万円を除いたもの)に対する本件事故日である平成五年一一月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被告らの主張)
不知ないし争う。
原告主張の基礎収入額は、安定性・継続性に問題がある。
原告の後遺障害は、事前認定において、左上肢と左膝の各神経症状(各一四級一〇号)で併合一四級とされた。視力障害については、既存障害を超える所見が認められないとして、等級が認定されなかった。原告主張の労働能力喪失率・労働能力喪失期間は、右認定の内容とあまりにも整合性を欠くものである。
原告主張の各慰謝料額はあまりにも過大である。
2 寄与度減額
(被告らの主張)
原告には、もともと眼障害として老人性黄斑変性があった外、肩関節周囲炎(五十肩)が作用して肩関節痛を生じたものであるから、民法七二二条二項の類推適用による大幅な寄与度減額を行うべきである。
(原告の主張)
争う。
第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)
一 争点1及び2について(原告の損害額、寄与度減額)
1 証拠(甲二、三、一〇ないし一三、鑑定嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 治療経過等
原告(昭和一九年一一月一七日生、本件事故当時四九歳)は、本件事故前から網膜色素変性症に罹患しており、本件事故直前(平成五年一一月六日)において、視力は、右眼〇・〇一、左眼手動/二〇センチメートルであった。
原告は、本件事故当日の平成五年一一月二九日、救急車にて上山病院に搬送され、主として、右膝痛、左肩痛を訴え、右脛骨骨折、左肩・左手部・右大腿打撲、頭部外傷Ⅱ型、前額部打撲創の傷病名で診療が開始され、右下肢をギプス固定された。もともと目が不自由なため、安静目的にて、当日から入院することになり、同年一二月初旬頃からは、右膝痛には改善がみられたが、左肩は特に動かすと痛みがあった。平成六年一月一二日からは、右下肢につき、運動療法(簡単)によるリハビリが開始され、同月一七日に退院となった(入院期間五〇日間)。
退院後も、左肩鎖関節の痛みは続き、平成六年一月二五日から平成七年五月二三日まで通院が続けられ、温熱療法、筋力トレーニング、ペインブロック等が行われたが、平成六年一一月頃からは症状にほとんど改善が認められなくなった。
また、眼科に関しては、平成六年二月初旬、右眼の前が真っ白で新聞の字が読めなくなり、同年四月にはほとんど見えなくなったとして、同月九日、従前から受診していた西眼科病院を訪れ、視野検査では、GP測定するも、両眼光わからず、測定不能とされた。
上山病院整形外科の田辺医師は、頭部外傷Ⅱ型、右脛骨骨折、左肩鎖関節損傷、前頭部・右大腿・左手部打撲、右変形性膝関節症の傷病名につき、平成七年八月二五日をもって原告の症状が固定した旨の診断書を作成したが、同診断書によれば、自覚症状として、左肩鎖関節から肩の運動時のゴキゴキいう異和音と共に発生する激しい運動時痛、左肩可動域制限、両上肢筋力低下、右上肢肩関節の運動時痛、両側握力低下、外傷後の右膝関節の腫脹と疼痛、受傷後視力低下の程度が進行し独歩不能になる、右膝関節痛による歩行障害があるとされ、他覚症状及び検査結果としては、握力は右二五キログラム、左一三キログラムであり、左肩鎖関節に靭帯損傷によると思われる緩みと左肩関節周囲筋の筋力低下によると思われる左肩関節の緩み、両上肢筋の筋萎縮があるとされ、肩関節の可動域(自動)は、屈曲が右一五〇度、左一五〇度、伸展が右三〇度、左三〇度、外転が右一三〇度、左一三〇度であり、両上肢症状により、受傷前のマッサージ業務は著しく阻害されるとの意見が述べられている。
西眼科病院の西医師は、近視性乱視、網膜色素変性症の傷病名につき、後遺障害診断書を作成した。同診断書には、「事故前の状態は進行性網膜色素変性症だが多少の視力はあり、又、視野測定も可能であった。事故による正確な障害部位の固定は視機能がほとんど残っていない状態であったので、極めて困難である。しかし、強い頭部と顔面の打撲が極くわずか残った網膜と視神経の機能に損傷を与え、視力低下をきたした蓋然性は極めて高い。又、打撲による調節力の消失も関連しているかもしれない。」と記されている。
原告の左肩及び右肩の症状については、<1>入院及び初期の外来診療録によると、疼痛は左肩鎖関節部に限局しており、肩関節周囲の軟部組織には異常がなかったと推察されること、<2>医証上、平成六年八月二六日にはじめて右肩関節痛の記載があり、同年一〇月二七日に左肩関節に拘縮ありと記載されていることに照らすと、この頃に肩関節周囲炎(五十肩)が発症したものと考えられる。そして、右の点に加え、仮に靭帯損傷があったとしても、一般的には六週間程度、長くて一二週間以内には修復することを考え併せると、本件事故の約四か月経過後からの肩関節痛の原因は肩関節周囲炎(五十肩)によるものと考えられる。
また、原告の両上肢の筋力低下は廃用性萎縮によるものであるが、肩鎖関節痛が続いていたとしても、前腕の筋力低下を招かないための運動は可能であった。
原告の眼科領域の症状の原因としては、老人性黄斑変性に起因した硝子体出血によるものの外、外傷性黄斑変性に起因した硝子体出血によるものが一応考えられる。しかし、<1>本例は、本件事故の数ヶ月後から徐々に視力障害が増強したものであり、受傷直後から視力障害あるいは視野障害を来したものではないこと、<2>脈絡膜破裂は、瘢痕形成により長期にわたり残存する病態であるが、これをうかがわせる記載は診療録にみられないこと、<3>原告には、もともと網膜色素変性症があるところ、原告の年齢からみて、老人性黄斑変性を惹起することは十分考えられること、<4>平成六年二月初旬、右眼症状に及び、その約二か月後に両眼障害に陥ったことに照らすと、本件事故前から弱かったブルック膜あるいは網膜色素上皮に何らかの障害が加わり、症状を悪化させたものと推認される。
自算会調査事務所は、原告の後遺障害につき、左上肢と左膝の各神経症状(各一四級一〇号)があるとして併合一四級と認定したが、視力障害については、既存障害を超える所見が認められないとして、等級は認定されなかった。
以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 後遺障害等級、症状固定時期
右認定事実によれば、原告の症状は、最終的に平成七年八月二五日に固定したものであり、その後遺障害は、左上肢につき一四級一〇号、左膝についても一四級一〇号に該当し、併合して一四級に該当するものと認められる。眼の障害については、本件事故と相当因果関係にあるものであるが、本件事故前からの障害の内容・程度に照らし、等級に該当するものとは認められない。
2 損害額(寄与度減額前)
(一) 入院雑費 五万円
原告は、平成五年一一月二九日から平成六年一月一七日までの五〇日間入院し、一日あたり一〇〇〇円として、合計五万円の入院雑費を要したと認められる(前認定事実、弁論の全趣旨)。
(二) 入院付添費 二二万五〇〇〇円
原告は、右入院期間の五〇日間にわたり近親者による付添看護を要し、一日あたり四五〇〇円として、合計二二万五〇〇〇円の入院付添費を要したと認められる(前認定事実、弁論の全趣旨)。
(三) 通院付添費 二六万二五〇〇円
原告は、通院にあたり近親者による付添を要し、合計二六万二五〇〇円の通院付添費を要したと認められる(前認定事実、甲二、一三、弁論の全趣旨)。
(四) 休業損害 九三八万四六二八円
まず、休業損害算定における基礎収入について判断するに、証拠(甲六1、2、七1ないし21、九、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、<1>本件事故当時、原告は、「健康堂」の屋号で針灸・マッサージ業を行っており、数名の者を雇用しながら、自ら往診マッサージを中心とする仕事に従事していたこと、<2>原告は、一か月に平均して二〇日間、往診マッサージを行い、これによる売上額は往診日一日あたり五万八三一〇円であったこと、<3>修正申告後の平成五年の申告所得額は一一五一万七七八五円であったことが認められる。右事実を総合すれば、基礎収入額は、年額一一五一万七七八五円とするのが相当である。
次に、本件事故と相当因果関係のある原告の要休業状態について判断するに、原告の症状及び治療状況に照らすと、本件事故のために、平成五年一一月二九日(本件事故日)から平成六年一月三一日までの六四日間は全く労働することができず、その後平成七年二月二四日までの三八九日間は平均して六〇パーセント労働能力が低下した状態に置かれたものと認められる。
以上を前提として、原告の休業損害を算定すると、次の計算式のとおりとなる。
(計算式) 11,517,785×64/365+11,517,785×0.6×389/365=9,384,628(一円未満切捨て)
(五) 逸失利益 二七八二万〇〇五七円
まず、逸失利益算定上の基礎収入額については、(四)のとおり年額一一五一万七七八五円とするのが相当である。
次に、労働能力喪失率について判断する。前記のとおり、本件事故のために原告に残存した後遺障害は、左上肢につき一四級一〇号、左膝についても一四級一〇号に該当し、併合して一四級に該当すると認められるところ、右後遺障害の内容・程度の外、原告の仕事内容(自ら針灸・マッサージ業を行うが、健康堂の経営者でもあり、本件事故後も売上額は増大している。甲八1ないし3、九、一六、一七。)、本件事故前後における眼の障害内容の推移(多少あった視力を完全に喪失したものであり、本件事故前後でいわば質的な相違がみられる。)にかんがみると、原告は、本件事故の結果、症状固定後一七年間にわたりその労働能力の二〇パーセントを喪失したものと認められる。
そこで、新ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、後遺障害による逸失利益を算出すると、次の計算式のとおりとなる。
(計算式) 11,517,785×0.2×12.077=27,820,057(一円未満切捨て)
(六) 傷害慰謝料 一三八万円
原告の被った傷害の程度、治療状況等の事情を考慮すると、右慰謝料は一三八万円が相当である。
(七) 後遺障害慰謝料 三三〇万円
原告の後遺障害の内容及び程度を考慮すると、右慰謝料は、三三〇万円が相当である。
(八) 以上合計 四二四二万二一八五円
以上の合計は、四二四二万二一八五円である。
3 寄与度減額
前認定事実によれば、原告には、本件事故と相当因果関係の存しない老人性黄斑変性症、肩関節周囲炎が発症しており、また、原告の両上肢の筋力低下は廃用性萎縮によるものであると認められ、これらが、本件事故と相当因果関係のある原告の症状の発現及び継続について寄与するところが極めて大きかったと認められるから、民法七二二条二項の類推適用により五割の寄与度減額を行うのが相当である。
4 損害額(寄与度減額後)
右の次第で寄与度減額前の損害額四二四二万二一八五円に対し、五割の寄与度減額を行うと、損害額は二一二一万一〇九二円(一円未満切捨て)となる。
5 損害額(損害の填補分控除後)
原告は、本件事故による損害に関し、一二〇九万二〇一二円の填補を受けているから、これを寄与度減額後の損害額二一二一万一〇九二円から控除すると、残額は九一一万九〇八〇円となる。
6 損害額(弁護士費用加算後)
(一) 弁護士費用 九〇万円
本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、相手方に負担させるべき原告の弁護士費用は九〇万円をもって相当と認める。
(二) 弁護士費用加算後の損害額
前記残額に右弁護士費用を加算すると、一〇〇一万九〇八〇円となる。
二 結論
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 山口浩司)